塾長の独り言です。日々思ったり、感じたことを書き込んでみたいと思います。この仕事は、実態が不明な部分が多く、このあたりが、少しでも皆様に伝われば幸いです。
塾長のモノローグ
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最後の勇者②!
2012-07-28-Sat  CATEGORY: 未分類
前回は、最後の勇者がクーデターを起こそうとして失敗したことを書きました。

本当に、正義を貫く勇者はもう古すぎるのでしょうか?

とある高校でワンマン経営を進めるリーダーに不満を持ち、退職する先生がいる一方で、そのリーダーが退陣なさるまでは、「忍」の一字で耐えしのがれている先生方がいます。

曽野さんは、覚悟ができないのなら黙しているほうが身のほどを知っているとおっしゃいます。

しかし、そこは学校であり、教育の現場として、日々子供たちが生活しているのです。

平気でリーダーの悪口を言う先生の声に耳を澄ましています。

建前だけでリーダーを誉めちぎる先生のレポートを読んでいます。

これで子供たちにどう希望を持てと教えることができるのでしょうか?

最後の最後の勇者がきっと現れると信じています。



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最後の勇者!
2012-07-28-Sat  CATEGORY: 未分類
前回の曽野綾子さんの記事を読んで、感慨深く思い出したことがあります。

曽野綾子さんは、近年1人の勇者にも出会っていないと締めくくられていますが、私は会ったことがあるのです。

それは、以前勤務していた建設会社の営業部長です。

その会社は、明治に始まるそれは古い会社でした。代々創業者の親族が社長の座を守り続けたそんな意味でも古い会社です。ところが、何が起こったのか、突然、ある銀行出身の社長に変わったのです。全く事業内容に見識のない新社長は、社の指針を株式上場に向けました。そうその頃、私はその会社に入社したのでした。
それまでのノンビリ路線から、一気にノルマを課せられることに…。当然、社員の待遇も厳しくなりました。まだバブルが消えかかる前にもかかわらず、他社との違いは明らかになるばかりでした。5年後に退職しましたが、こちらの言い分が上まで届かないことに憤りを感じ続けたのも退職した理由の一つです。

私が辞めた後、その会社でクーデターが起こりました。いや正確には、その直前に食い止められました。それを率いた張本人が私の在職時には、営業部長だった方なのです。

事前に発覚したため、当然、会社を辞めることになり少し離れた業界に身をおかれていました。その後、その社長が退陣に追い込まれ、会社は一新しました。数年後に社長になられたのは、その営業部長と同期入社で工事部長として席をならべていらっしゃった方です。世が世なら、営業部長が社長になっていらしたのだと思い、外からではありますが、その無念をお察しした次第です。その後、東京に呼ばれていかれたようですが、元の会社に戻られる事はなかったようです。

同じ営業部ではありましたが、直属の上司ではなく、仕事面での思い出はありません。しかし、狭い営業部でしたので毎日顔を合わせていました。そのバイタリティと誠実なお人柄は十分理解しています。私が塾を開業したときも、どこからお知りになったのか、奥様と2人でお祝いを持ってきてくださいました。そういう気配りも出来る人なのです。

クーデター失敗は、その後の人生に大きな影を投げかけたでしょうが、曽野綾子さんのいう勇気を持って正義を貫かれた最後の方だと思います。
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いじめ解決の難しさ
2012-07-28-Sat  CATEGORY: 未分類
27日付産経新聞に、作家の曽野綾子さんが書かれていらっしゃった記事が心に残りました。大津の中学生が自殺した事件について述べられたものです。

(抜粋)正義の質にもよるだろう。正義の感覚が、仮に幸いにも自分のうちに僅かでも存在していたとしても、私の場合、心のうちに秘し隠すのが無難であった。なぜなら自分の身体にはいささかの危険も及ばない遠い安全圏に立ち、スローガンとしてわめくかつぶやくかの程度の正義など、そもそも大したものではないからだ。正義はそのことのために命の危険を承認するか、自分の財産をほとんど根こそぎささげるというほどの覚悟が要るもので、それが出来ない場合は黙しているほうが身のほどを知っているというものだ。
 大津の中学生が自殺した翌月、市の教育長が予定通り海外出張した。市側の他の対応に対しても批判的なメールや電話が先週末までに1万4千件も寄せられたという。いじめは悪いという当然のことを発言して、「いい人」ぶることはない。市長は中学生の自殺だけに対応すればいい職種ではないのだ。教育長もこれに対し「行くべきではなかった」などど妥協的な発言でお茶を濁している。
 周囲がこうなのだから、若者たちは、常に自分と他者を生かすためには、知恵を働かせて1人で闘うことを覚悟する他はない。他人や組織を当てにしないことだ。組織の中に生きながら勇気を示した人物などというものに、私は近年1人も出会っていない。


ズバッと切られた感を持ちました。皆さんも感じていらっしゃったでしょうか。毎日、もたらされる新証言や新事実。ほじくりかえされて、ああじゃこうじゃと延々と続いています。毅然とすべき立場の人はそれを貫くべきで、マスコミの餌食になっている場合ではありません。
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