塾長の独り言です。日々思ったり、感じたことを書き込んでみたいと思います。この仕事は、実態が不明な部分が多く、このあたりが、少しでも皆様に伝われば幸いです。
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大阪府立高等学校入学者選抜制度改善方針(案)
2014-09-17-Wed  CATEGORY: 未分類
先月に大阪府教育委員会から出された公立高校入試制度の改善案です。これは、再来年から実施されるもので、現中2生の入試から適用されるものです。来年は後期の入試日は少し遅くなりますが、今年と同様の選抜制度になります。いくつかある変更点を分けて、書いてみようと思います。

同一校内の学科間の複数志望を認める。
・ 特別選抜及び一般選抜のそれぞれの選抜において、募集人員を複数の学科等ごとに設定している学校では、同一の学力検査問題を使用することとし、同一校内の異なる学科等間(例:文理学科と普通科、工業に関する学科(総合募集)と工学系大学進学専科)の第1志望・第2志望等、複数志望を認めることにより、当該高等学校への進学を希望する生徒の就学機会を確保する。


4 選抜方法
(1) 学力検査の成績と調査書の評定を合算した総合点の上位者から順に合格者を決定することを原則とする。

・ 特別選抜及び一般選抜のそれぞれの選抜において、募集人員を複数の学科等ごとに設定している学校では、志望学科に関係なく全ての受験生を総合点の順に並べ、その上位者から順に志望学科への合格者を決定する。(合格者の決定方法の詳細は以下のとおり。)

<合格者の決定方法>
① 受験生を、総合点の上位者から順に、それぞれの第1志望の学科の合格候補者とする。
② 一つの学科のボーダーゾーンを含んだ人数が、合格候補者で満たされた時点で、当該学科の合格者を先に決定する。
③ その時点での合格決定者を除いた者の中から、志望順位に関わらず(*)、総合点の上位者から順に、他方の学科の合格者を決定する。ただし、当該学科を志望しない者を除く。
④ 3つ以上の学科を併置している場合は、同じ手順を繰り返す。
(*第1志望の受験生より総合点が高い第2志望の受験生を上位者とみる。)


ややこしい書き方で理解に苦しみましたが、要はこういうことです。再来年から一部の学科を除き、入試日が統一されます。この結果、二つ以上の学科を持つ高校では、同時に同じ問題を使って入試がおこなわれることになります。この選抜方法を説明しているものです。

たとえば、文理学科と普通科をもつ高校の場合、受験者全員を総合点順に並べ、それぞれの第一志望者を順に数え上げる。この結果で合格候補者を先に満たした学科から全合格者を決めるのだそうです。当然、文理学科が先に決まることになりますよね。その後の普通科の選抜では、第一志望者と第二志望者を同等に並べて、上位者から順に合格者を決めていきます。

付け加えると、合格候補者の定員を先に普通科から満たすのか文理学科からなのか、お話しするまでもなく文理学科からになるでしょう。合格候補者とは、文理学科の定員が160名の場合、ボーダーゾーンの受験生を含めた176名をさします。ボーダーゾーンは今と同じ定員の10%。この中からの選抜方法も変わらないようです。その後、普通科第一志望、第2志望者を上位から並べて、普通科合格者を決めることになります。

私立高校と同じですね。上位コースの点数が足りない場合、下のコースに回し合格になる制度です。昔は、回された生徒には、下位コースの合格点を少し上げて、ハンデを持たせる高校がありましたが、現在ではそんな高校はなくなりました。この結果、下位コースに回されるのを覚悟で、上位コースから受験する生徒が増えています。

公立入試でも何の区別もなく下位コースの合格者が決まるのであれば、上位コースから受験しやすくなります。これが狙いでしょうね。あえて第一志望を普通科にする生徒がどれだけいるのか気になります。より安全に受験する傾向にある女子が普通科第一志望者になるのでしょうか?もちろん、文理学科にそれなりの魅力を感じていない生徒も、普通科第一志望と書くことでしょう。

今までは受験機会が2回あったからこそ、ダメもとで文理学科を受験していましたが、受験日が一つになることで初めから普通科を第一志望にする生徒が増えれば、文理学科の倍率は下がるのではないでしょうか。

また、私が以前の記事で書いた第一志望普通科、第二志望文理学科の生徒は、この選抜では文理学科には合格できないことになります。逆回しをやっている一部の私立高校みたいなことはできないからです。難しい書き方をしていますが、上位クラスからの回しをよりスムーズにして、今の位置づけを守ろうとする選抜方法です。煽られて文理学科を受験する受験生に不利に働かないようですので安心しました。

私は文理学科には、魅力を感じておりません。今年の進学実績で文理学科の成果が表れたと見る向きがありますが、単に上位生を集めたのですから当然の結果です。それよりも、160名の中で落ちこぼれ、私立にも行けなかった生徒の実態を明らかにして欲しいものです。

文理学科は、能力別クラス編成ができないから学科を分ける。こんな単純な思考から出発しているように思います。昔の例で恐縮ですが、私の卒業した公立高校普通科は、高3で国立理系、国立文系、私立理系、私立文系クラスに分かれていました。この結果ある意味成績順に生徒が分かれていたものです。

これを今のトップ校に置き換えるならば、選択科目で分けることが出来ます。目指す国立大学で受験科目や配点が違うからです。K大ならこの選択科目クラス、H大ならこれ、Ⅰ大なら…とこちらから意図することが出来るわけです。大手予備校方式です。予備校は、このやり方で生徒を分けて、進学実績を上げています。もちろん、その選択科目や配点は複雑で大学レベルと対応しているものではありませんが、能力別に分けれないのであれば、選択科目等を理由にそれに近いクラスは組めるのではないかということです。

同じ高校の文理学科、普通科に進学した卒塾生ですが、今年、文理学科の生徒は大阪市立大学、普通科の生徒は大阪大学に合格しました。どちらも理系の学部です。普通科にも成績を上げた優秀な生徒たちがいます。学科の壁を設けて、これを阻害してはいけません。

入れ替えが出来ないのなら、文理学科の数を減らし、文理学科だけを持つ高校にしたほうが賢明だと考えます。そうなれば、こんな難解な選抜方法もいらなくなります。
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思うこと
2014-09-05-Fri  CATEGORY: 未分類
コメント欄が賑やかになり、ちょっと驚いています。
ここに書かれていることは皆様の声であり、それを誰も否定できるものではありませんが、私なりに思っていることを書きます。

公立中学での生活は、私が中学生だtった頃と比べると、少し居心地が悪くなっています。しかし、どうしようもない状況かといえばそうでもありません。私の子にしても塾生にしても楽しく過ごしている生徒が大半だからです。

「楽しく過ごす」ここに少し問題があります。子供達は、今の学校しか知らないわけで、今の現状に何の疑問も抱いていません。ところが、昔を知る者からすればこの楽しさに違和感を感じるからです。

これを感じる原因のひとつは、新しい考え方や風潮により変わった姿に古き良き時代を重ね合わせることで起こるものです。年配の方が「今の若いモンは…」と同じだと思います。もちろんそれだけではありません。現代社会のひずみを学校社会がそのまま受け止めた結果、ねじれてしまったのです。

学校は、現代社会を映した鏡、縮図であると思っています。

ではどうすれば良いのか?ここでも書かれていますが、高校を変えるには中学を、中学を変えるには小学校を…。行き着く先は家庭をということになります。この連鎖に気づくと、ますます何をどうすれば良いのか分からなくなってしまいます。

先生については、本当に生徒と真正面から向き合っていらっしゃる方がいます。私が経験した学校にも、私の子供が通った公立の学校にもいらっしゃいました。そんな先生との出会いが、子供を大きく成長させました。

前の記事で書いた理科の先生がどんな方なのか存じ上げませんが、子供達をなるべく客観的に評価しようと細かな項目に分けて点数化した労力には、頭が下がります。受け持ちのおそらく200名は越えるであろう生徒一人ひとりに配布されたのです。「評価と評定の一体化」をもとに作られた苦労が分かる成績資料だと感心しています。

「校長先生ほど大変な仕事はない」「校長先生ほど楽な仕事はない」どちらも耳にする言葉です。どんな仕事も同じではないでしょうか。本人がどう向き合うかによって変わってきます。塾の仕事も同じです。

先生の仕事が特殊なのは、クラス担任として一人に任される仕事が多すぎることです。昔からそうだったのですが、授業だけではなく生徒指導や諸々の雑用が増えてきているのも事実です。お山の大将として自由に振舞える分、他人に頼らず自分で処理しなければならない仕事が多いのです。

先生も人間ですから、常に100%の力で仕事をしていくことは無理です。追われる仕事を消化しているだけでは、他のことがおろそかになります。一人に任されている分、手抜きをしても周りに分からないこともあり、楽な方へ流れる先生もいます。しかし、あれもこれもお子様にしてあげたいと考えつつ、実践できないままで悩んでいらっしゃる先生も多くいらっしゃいます。分業とは申しませんが、副担任の仕事を明確にして、もっと教えることに傾注できる体制を組むことが必要だと思います。

また、職責の重さがあります。一般にその仕事に意欲をなくせば、直接わが身にその代償が降りかかってきます。これが先生の場合は、向き合っている対象がお子様なのですから、それ以前の問題として、怠慢は許されるべきものではありません。この点は、他の職種とは違った覚悟と信念を持ち続けるべき仕事だと思います。

先生の学力についてですが、さすがに文理学科レベルの問題は難なく解けます。高校では難関大学の入試問題をすらすらと解く学力を問われる先生がいらっしゃいますが、大学入試とは雲泥の差があります。少なくともその教科の資格試験に合格されたのですから、専門的な知識を含め学力は持っていらっしゃいます。

学力ではなく指導力が問われます。受け持ちの生徒に今年はどう教えるか。違った顔ぶれに同じ授業は出来ません。同じ内容でも昨年とは違った説明のしかたや工夫が必要です。毎年同じプリントを使って授業を繰り返す先生ではダメだということです。

様々な教育現場の問題をよそに行政は改革を進めます。また次に書きますが、先日発表になった「大阪府立高等学校入学者選抜制度改善方針(案)」によると、絶対評価に変わることで中1からの成績が公立入試に関わってきます。順次内申に関わる学年を広げて、中1からの成績が加わるのは現小6生の入試からになります。具体的には、中3の成績3に対し、中2、中1の成績がそれぞれ1の割合で加わることになるようです。さらに、入試に占める学力テストと調査書(内申)の比率が7:3、6:4、5:5、4:6、3:7の5パターンから各高校が選べるようになります。

どう思われますか?今後、中1からの成績を心配なさる方、学力重視の入試に中学での授業レベルを嘆かれる方がますます増えることになります。一方、先生は、広がる学力差のなかで、何を基準にどのレベルまで教えるべきか悩むことになります。

先生の問題よりも私は、先生を動かす文科省や教育委員会に目覚めて欲しいです。何の資源もないこの国は教育で復興を遂げたのです。これからますます厳しくなる国際社会を生き抜くための力、その根本は教育にある。この強い信念のもと、今抱えている教育問題に取り組んで欲しいのです。

次世代に少しでも明るい未来を残すためには、教育は必要不可欠なものです。
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