塾長の独り言です。日々思ったり、感じたことを書き込んでみたいと思います。この仕事は、実態が不明な部分が多く、このあたりが、少しでも皆様に伝われば幸いです。
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親の背中①
2008-07-10-Thu  CATEGORY: 未分類
 親として考えたり、子供の問題に直面したりするとき、親父だったら、お袋だったらどうしていただろう。どう対応していたのだろうと思うようになりました。両親を無くしてからこんなことを考えるようになるのですから、なんだか皮肉なものです。
 私の父は、昭和二年生まれ、終戦を長崎の三菱造船所で迎えました。いや、正確には直前の8月9日に被爆し、瓦礫の山の長崎から、故郷の熊本まで歩いて帰って終戦を迎えました。6人兄弟の一番上、祖父は船乗りでした。父は、その後、長崎に帰ることを拒み、祖父の船会社で船員として働き始めました。苦労もあったことと思いますが、高度経済成長の流れに乗り、あっという間に船長職にのぼりつめました。25年もの月日を船長として過ごす中で、昭和天皇や皇太子時代の今上天皇をお乗せしたこともありました。実直な性格で、人の悪口は言わない、お酒が大好きで無口な父でした。
 仕事柄、乗船する船が変わったり、航路が変わったりで、家にほとんど父はいませんでした。一ヶ月いては三ヶ月いなかったり、一週間交代で帰ってきたりとか、普通の家庭のお父さんとは違っていたのです。夏の台風シーズンになると真っ先に船を非難させなければならず、当然、家は、母と姉と私で守ることになりました。子供ながら、不安な気持ちを抱えながら、何かワクワクしながら嵐の夜を過ごしていた記憶があります。
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